返り血
「恨んでいいよ」
そうやって耳元に囁いてやったら、私が背後から腕を巻き付けている目の前の同年代の友達は
「え〜?ね、りんちゃん、これはなんの遊び?」
と呑気に、楽しげに問いを投げてきた
無理もない。なにせ、一応目隠しをしてやったのだから
当然答える必要もないと思って、そうすると私は躊躇なく彼女の首に刃を通させる
「あ゙あ゙っ゙痛い!!」
彼女は全身に力を入れて、暴れているのがよくわかる
抑えてる手が温かく感じる
「あ゙あ゙っ゙ぁ゙りんちゃ…ゲホッ!」
そうすると、ついさっきまであんなに生気よく身を軋ませていた長い黒髪の少女は、一瞬にして眠りにつくかのように、すっかり全身が弛緩して静まった
手のひらから肘へとゆっくりと伝っている温かい流体だけが異様に煩く、私の注意を惹いた
だがそんなことより、早く片付けてやらないと…
そうして、私は少女を抱っこして彼女の家に向かっていく
道中には特に誰とも遭遇せず、そのまま彼女の家にたどりついた
彼女の身を家の扉の前に仰向けに置いてやった
そうすると私は家へ帰った
遅かれ早かれ矢印は私の方に向けられるだろう
と思考を巡らせながら、赤に染まった私の手と、私の共犯者となったキッチンナイフを敷地にある手洗い場に洗ってやった
「りんちゃんどこ行ってたの…って、まーた野生動物をやってたの?」
と、いつも絡んでくる子が血にまみれていた私の手を見て何か察したようだ
当然だ、“野生動物狩り”、それは私の役割―というよりも私の趣味だからだ
「そうだね、食べられないからそのまま置いて帰ってやった」
「えぇ、もったいないよ!」
と残念そうな感想を返してきた
「というか、今までに食べられない野生動物なんていたっけ?」
と滅多に使っていない頭を少し使って質問を投げてきたが
「まあ、すぐ分かってくるさ」
という私の答えに彼女は
「んー?変なの」
と追求するのをやめたようだ
それはそうと、とにかく手とナイフは洗い終わった、が
その時、正門をくぐってきたのは、二人の警察官
さすがだ、もうばれたのか
と私は関心せずにはいられなかった…もっとも、わかってたことだが
「え?お巡りさんが来てるよ、どうしたんだろう…」
と彼女は警察官二人の姿を目で追っては、この場面を漂う不穏さを察知したようだ
「ナイフを戻してくる」
と私は言い残し、院の入り口へとゆっくりと足を運んでいった
中へ入ったその時、周りのざわつきが伝わってくる
視線を感じ始めたのとほぼ同時に声をかけられた
「りん!あなた何してたの?」
よく知っている声だ、院長先生の、焦りを帯びている声だ
「罠にかかった野生動物をしとめてきた」
と私は冷静に答えてやった
「罠??ゆいちゃんと遊んでたんじゃなかったの?」
ゆい、それは、私がさっきやってた子の名前だ
そんな院長先生の問いかけに
「うん」
と私が答えた途端に、周りのざわつきが度を増していった
「りん、あなた、ゆいちゃんに何かした…?」
「うん、ゆいは私の罠にかかっていたよ」
私がそう答えてやったら、今度はさっきまでのざわつきが一斉に静まり返った
なんだか不思議な状況だ
「嘘でしょ…!?」
と、院長先生は泣き始めた
さぞかしショックなのだろう
こういう状況だというのに、私は自分を取り巻いている今の状況を客観的に見ることをやめられやないんだった
それから、私は警察官に連れて行かれた
そして勿論、院長先生も同行させられた
・・・
数時間が経過した
私は今、警察署に事情聴取を受けている
「君、気分は?」
ほお、そんな質問から来るものなのか
「私は大丈夫」
私に話しかけているのは今目の前にいる、白衣を着ている中年男性、精神科とかそういう分野の人間なのだろう
「質問の答えに協力してもらえるかな?」
そういうと、彼は私の返事を待って間を開けた
私は頷きで軽く返してやった
「ありがとう」
笑顔で礼を投げてきたら続いて問いを投げてくる
「君は、なぜ、ゆいさんをあんな目に合わせたの?」
なぜ、か
みんなにとってはそれが一番気になる項目だろう
「彼女は私に助けを求めていた」
「助け?」
「そうだ」
「詳しく教えてもらえるかい?」
「彼女の近くにいると耳元に悲鳴が聞こえていた」
「ん?その叫びは君にしか聞こえてないのかな?」
「そうだ」
「それはいつから聞こえていたの?」
「彼女と出会ったときから」
「悲鳴の内容はどんな感じだった?」
「助けを求めていきた悲鳴」
「どんな風に?」
「苦しい、助けて、殺してと」
「彼女が近くにいないときでも聞こえてたの?」
「いいや」
「彼女を殺した後でも、近くにいたときは聞こえてたの?」
「静かになった」
その後も問い攻めの時間は続いていた
最終的に私は違う施設に移された
色んな精神病診断をも受けてやった
どうやら私はこの寮みたいな施設に暫く留まらないといけないようだ
さすが
と関心せずにはいられない、この国の私への罰の緩さに
ゆいが私に助けを求めた、なんて答えたが
あれはただの嘘
彼女を助けるためなのは本当だがな
・・・
子供は可愛い、当然だ
しかし、人は知らない、そんな純粋無垢な小悪魔がなにものに育っていくか
そして私には子供の未来が見える、聞こえる
近くにいるとその子一人の未来の姿が見える
そしてその子を纏う声も聞こえてくる
知らない誰かの、本人のとは違う声
内容はいつだって嫌で苦しそうな内容だった
それは、その子が将来に苦しめる人たちの声だ
そして、ゆいを纏う声は、他の子に聞く声と比べたら比べ物にならないくらい煩わしく、近くにいると吐き気がするほど
今まで会ってきた子供の中で、殺したくなるのは彼女が二人目だった
だけど殺したのはこれで初めて
最初は、私は彼女と仲良くすることを試みた
私はなるべく彼女の近くにいようとしていた
その理由は、彼女を纏う声に耳を傾けて情報を手にするためだった
ついでに、彼女が残酷な人間に育つのを阻止するために、色んな方法を試みた
できるなら、彼女を殺さずに、彼女の悪心の種を変えたかった
だが、しかし、それは無理な話だった
彼女の心は固かったからだ…
彼女は人を欺くのが趣味で、拷問も専門になるらしい
あんなに可愛くて無邪気そうな子が悪魔に育つなんて、誰もが今や思ってもないことだろう
ところで、私は鏡がとても嫌いだ
鏡の向こうを伺ったら、耳鳴りを伴う激しい頭痛と吐き気に襲われるから